固定種・在来種・エアルーム品種とは

 

  本農ゼミでは、固定種の栽培と保存に取り組んでいる。しかし、そもそも固定種とはどのように定義されるのだろうか。固定種と聞くと、在来種や純系種といったイメージが想起されやすい。だが、これらの言葉の定義は互いに一致するものではなく、独立して解釈されるべきである。今回は、固定種という言葉の定義を確認したうえで、固定種の性質・特徴を理解し、さらに固定種と混同されやすい在来種やエアルーム品種の立ち位置はどうなっているのか考えていきたい。

 

  まず、固定種とは何かについて論じよう。固定種とは、英語のopen pollinated varietyの和訳であり、交配種に対する非交配種を意味する。すなわち、固定種とは、ある目的の品種を作成するために2つ以上の品種を掛け合わせた子世代集団を用いたもの(これは、後の回で述べるが、F1品種と呼ばれる)ではなく、代々同じような形質を示す集団を品種として用いたものである。固定種も、先祖をさかのぼれば交配によって生み出されたのだろうが、世代を重ね、目的の形質の選抜を繰り返していくうちに、純系に近い状態まで形質が固定されている。ただし、ここで「純系に近い状態」と述べたのは、固定種は実際には完全な純系集団ではなく、選抜の際に着目された形質(例えば、トマトであれば、実の形、色、重量、熟期の早晩、草姿、葉形など)が一定の範囲内で揃っているものであり、多くの形質でバラつきがみられるからである。

  このような性質を持つ固定種からは、様々な特徴が見いだされる。まず、固定種は、その品種が固定された土地の気候風土によく適応している。固定種は、育成環境の中で、何世代も選抜を繰り返されているため、その土地で生活し、世代を継承するのに必要な遺伝情報を保有した集団となっているのである。したがって、各地の気候風土に合わせて古来より栽培されてきた、いわゆる伝統品種と呼ばれる品種群は、固定種であることが多い。次に、固定種は有機栽培との適合性が高い。有機合成農薬や化学肥料のない時代から継代されてきた固定種には、自らある程度の耐病性を発現し、地力をうまく活用して生育する術が備わっている。種を残し、後代へと繋げていくためには、自らおかれた環境に適応し、生活環を充分に完了させるだけの生命力を保持していなければならないのだ。また、集団内での遺伝的多様性が大きいのも、固定種の大きな特徴である。この特徴によって、固定種では、先述したように、収穫時期、形状、大きさといった形質の品種内でのバラつきが大きい。加えて、固定種では品種の多様性も豊富である。スーパーマーケットの店頭に並んだ均一な野菜たちとは比べようがないほどの形態や味、用途の多様性を固定種は有している。このような固定種のバラエティーの豊かさは、私たちを魅了し、人々の目や舌を楽しませてくれるのである。

  一方、固定種と混同されやすい、在来種という言葉がある。在来種とは、ある地域の気候風土や栽培環境に適応した品種を指す。これらの中には、古来より受け継がれた品種もあれば、近年在来種になったものもある。また、純系化の度合いも品種によってかなり差がある。また、近年の在来種を特産品にしようとする動きの中で、研究機関や種苗会社によって既存の在来種から改良系統が育成され、それらの間のF1品種となった在来種もある。例えば、長野県の在来種の大根であるねずみ大根には、自家採種によって受け継がれてきた固定種「中之条大根」とこれをもとに育種されたF1種である「からねずみ」の2系統が存在する。したがって、在来種ならば全て固定種というわけではない。

  また、エアルーム野菜、エアルームトマトといった言葉を最近よく耳にする。エアルーム品種という言葉は、英語のheirloom varietyからきている。heirloomという言葉は、「家宝」を意味し、米国Clemson UniversityHome and Garden Information Centerはエアルーム野菜の定義についてこう述べている。Heirloom vegetables are defined in several ways. Some consider heirlooms to be any vegetable cultivars that have been grown for a certain length of time. Other people consider vegetables to be truly heirlooms only if being passed down by a family or group has preserved them. Heirlooms are always open-pollinated, since hybrid seed cannot be maintained by ordinary means. すなわち、エアルーム品種というのは、その継代にかかわってきたのが広く栽培者一般であるか、家族や組織に限るのかといった点に議論の余地があるにせよ、長年にわたって代々受け継がれてきた家宝的品種であることが言える。また、引用箇所の最後の文に述べてあるように、エアルーム品種は、固定種である(open-pollinated)ことが前提条件となる。交配種では、後代で形質が分離してしまい、目的の形質を残していくことが困難であるためである。したがって、エアルーム品種なら固定種であるということができる。では、逆はどうだろうか。例えば、現在の交配種の後代を用いて選抜を繰り返し、形質を固定して品種を作り上げたとしよう。これは、確かに固定種だといえるが、歴史的背景を有する家宝的品種というのは無理があるだろう。したがって、固定種ならエアルーム品種というのは、正しくない。エアルーム品種という言葉は、日本語の「伝統品種」に近いイメージを持つのではないだろうか。

 

 これまで、固定種とは何か、そして、どのような特徴を有するのかという面について論じてきた。固定種は、各地の気候風土や食文化と深く密着し、近代以前の伝統的農業を担う大きな存在であった。しかしながら、固定種の形質のバラつきは、現代の大量生産・大量消費を主眼に置いた栽培・流通システムに適したものとは言い難い。栽培農家は同じときに、同じ品質のものが、安定した量で取れる品種を望んでいるのである。そこで登場したのがF1品種である。次回はこのF1品種について、その概要と特徴を説明する。

 

 参考文献:

・固定種野菜の種と育て方/野口勲・関野幸生()/2012/創森社

・自家採種入門/中川原敏雄・石綿薫()/2009/農文協

・種から種へつなぐ/西川芳昭()/2013/創森社 

・坂上町ねずみ大根振興協議会 よくある質問・お問い合わせ

http://nezumi-daikon.com/modules/QandA/index.php?content_id=1

・Heirloom Vegetables (Home and Garden Information Center at Clemson University

http://www.clemson.edu/extension/hgic/plants/vegetables/gardening/hgic1255.html