F1品種とは

 

※今回の話はメンデルの法則をある程度理解していることを前提としています。習っていなくても何とかなると思いますが詳しく知りたい場合は別の資料等を参照してください。

 

 前回は変わり種工房で扱う固定種の定義と、よく混同される在来種・エアルーム品種について解説した。この回では、固定種に対する「F1品種」について、その定義と簡単な原理・歴史を紹介する。 

 

F1品種の定義

 

F1品種は、「異なる2つ以上の品種を組み合わせた雑種の第一代目のみを品種として利用したもの」のことである。F1品種は「雑種第一代」「一代雑種」「ハイブリッド」とも呼ばれ、F1という言葉自体は高校までの生物・遺伝の分野で出てきたものと同じ意味である。そのため、F1品種は遺伝の法則にしたがった以下のような特徴を持つ。

 

・生長や品質が揃う

・病害虫抵抗性のような有益な形質を持たせやすい

・一般に、雑種強勢により生育が旺盛である

 

  メンデルの行ったエンドウの交雑実験を思い出してほしい。実験で用いた系統(品種)は種子にしわがなく丸いもの(優性)とシワのあるもの(劣性)で、これらを交雑して得られた雑種第一代は優性の法則により全て丸い種子となる。F1品種の生長や品質が揃うのも同じ原理による。また優性形質はF1世代にも受け継がれるため、F1品種に容易に導入することができる。白菜の根こぶ病抵抗性遺伝子や軟腐病抵抗性遺伝子は優性の遺伝子であり、広く利用されている代表例である。雑種強勢はヘテロシスとも呼ばれ、雑種第一代が両親のどちらよりも旺盛な生長を示したり、収量が増加したりする現象である。詳しくは後日改めて解説する。 

  これらの栽培者側のメリットの他に、F1品種には種苗会社側にも大きなメリットがある。メンデルの実験では、エンドウのF1世代同士を交配させるとF2世代では丸・シワ等様々な形質が分離する。このことから分かるように、F1品種から採種をしても次世代が同じ形質を示すとは限らない。毎回新規に種を購入する必要があるため、種苗会社にとってF1品種はコンスタントに種子・苗が売れるというメリットをもつ。

 

F1品種の作り方

  F1品種作成の基本は、雌ずいに異なる品種の花粉を受粉・受精させることである。そのためには同個体の花粉で受精(自家受精)するのを防ぐ必要があり、F1品種開発では自家受精を防ぐための様々な方法が利用されてきた。

除雄は開花前の花から雄ずいを取り除き雌ずいのみにしてから、別品種の花粉を人為的に受粉(人工授粉)させる方法で、主に果菜類の育種で使われている。自家不和合性は同個体の花粉では受粉しても受精しない性質で、詳しくは後の回で解説する。

  雄性不稔は花粉が作られず稔性を持たない(=種子をつけない)性質で、これを利用する方法は現在F1品種育種のメインとなりつつある。花粉が作られないため自家受精するリスクがなく、昆虫などを利用して簡単に交配を行えるという利点がある。雄性不稔には遺伝的要因と環境的要因があるが、育種に使われるのは遺伝的要因によるもので、雄性不稔を引き起こす遺伝子には核に存在するもの、ミトコンドリアに存在するもの、あるいは両方にあるものがあり、F1品種育種では主に核遺伝子または核とミトコンドリア遺伝子が原因となる雄性不稔系統が用いられる。(ミトコンドリアは必ず母親、つまり採種する方の株から遺伝するため、ミトコンドリアに原因遺伝子があるとその株から採った種子は必ず不稔となり、子実を利用するトマト等の作物には使えない)。

  特に、核とミトコンドリアの遺伝子がともに雄性不稔に関わる系統の中には、ミトコンドリア遺伝子が不稔を引き起こし、核に稔性回復遺伝子が存在すると稔性(種子をつける性質)が回復されるという特徴をもつものがある。育種ではこの性質を利用して、雄性不稔系統と稔性回復系統を交配させ、F1種子採種の時は不稔、採種したF1種子自体は可稔にするという技術が利用されている。こうすることで、雄性不稔によるF1品種育種を果菜類にも応用することができる。(下画像はクリックで拡大できます)

今回までで、固定種とF1品種について一通り説明した。次回は、固定種に代わるF1品種の台頭の歴史と固定種保存の意義について説明する。

 

 

参考資料

 

作物の一代雑種-ヘテロシスの科学とその周辺- 山田実 2007年 養賢堂

ここからはちょっとしたコラムみたいなもんです。上の本文さえ読んでもらえれば十分ですので、暇で暇でしょうがないときにでも読み流してもらえれば幸いです。

F1品種について一通り解説し、次回でもF1作物の歴史について説明していくのですが、世界初のF1品種はどこの国の何という生物かご存知でしょうか。「作物」ではなく「生物」としたのがミソです。

…正解は何と日本のカイコだといわれています。しかも驚くことにF1カイコの利用を提唱したのは農工大(正確にはその前身の前身の前身である東京農林学校)出身の外山亀太郎博士。トウモロコシのF1品種開発が1920年代であるのに対し、カイコでは10年ほど前の1911年には利用が始まっていたのは、自慢できることではないでしょうか。

もっとも、これを聞いて「おおっ、すげぇ!」という反応をする人がいるかは微妙ですが。

なお、参考文献は上記の記事と同じなのでここでは割愛させていただきます