種子を取り巻く状況と固定種保存の意義

 

これまで、固定種とF1品種の定義を確認し、それぞれの特徴に関して論じてきた。これまでにも述べたように、現代の日本では、市場のほとんどを占めているのはF1品種である。今回は、F1品種がどのように台頭してきたのか、現代において固定種を栽培し、保存していく意義とは何なのかを考えていきたい。

 

 初めに、F1品種はいつ出現し、どのように市場に進出してきたのか見ていこう。固定種の起源は、すなわち農耕の起源を表わす。人類は、毎年作物の種を自家採種し、翌年の栽培の糧としていた。F1品種が農業生産の主流となったのは、長い農耕の歴史の中で、ほんの一瞬にしかすぎないのである。F1品種開発の歴史は1920年代にさかのぼる。世界初のF1作物は、米国のパイオニアハイブリッド社が育成したトウモロコシであった。トウモロコシでは、茎頂に雄花、葉の付け根に雌花があるため、母系統の雄花を全て切除し、父系統の花粉を母系統の雌花に付けることによって、容易にF1品種を作出することが出来たのである。また、野菜で世界初のF1品種は我が国で大正15年に埼玉県農事試験場で作られたナスであった。この成功を皮切りに、全国各地で在来の固定種からF1品種の作成が試みられた。戦後になって、我が国は高度経済成長期に突入して大量生産・大量消費の時代へと変化していった。このような状況の中で、農業生産物も工業製品と同様に均質化・規格化が求められていった。F1品種は、揃いが良く、同じ時期に一斉に収穫できる。また、成長が早く、農場の効率的な利用を可能にした。これらの特徴を持つF1品種は時代の流れに見事にマッチしていたのである。これに対して固定種では揃いが良くないため規格化の波に乗ることができず、また採種をするならば収穫後も採種のために一部の株を残して畑を使用しなければならないためにその生産は非効率的であった。したがって、農業のスタイルは「固定種で自家採種」から「F1種で毎年種子を購入」へと移っていった。昭和40年頃を境に固定種はその影を潜め、F1品種が台頭する世の中になったのである。

 では、現代において、多様な固定種を栽培し、自家採種によって保存していく意義とは何なのであろうか。まず、作物の遺伝資源・遺伝的多様性の保全が挙げられる。現在の先進国における農業では、一部の優良品種のみが作付され、農地は遺伝的に非常に均質な単一栽培の場と化している。例として、イネでは20世紀初頭に当時の農商務省は国内各地から約4000品種の在来種を採集し、近代育種の素材として用いることが出来た。しかし、それからおよそ100年の歳月を経た2008年の全国品種別収量割合を見てみると、コシヒカリを筆頭に上位5品種が収穫量の7割近くを占めており、栽培品種数の収斂がはっきりと読み取れる。このように、栽培品種が一部の品種に収斂していき、単一栽培化が進む現象を、遺伝的浸食という。しかし、遺伝的浸食は農業生産や人類にとって何か弊害をもたらすのだろうか。その答えは、すでに歴史の中に記述されている。1840年代、アイルランドを大飢饉が襲った。アイルランドの島民は、当時英国人地主からコムギの収穫を搾取されていたため、岩盤だらけの劣悪な土地でも育ち「貧者のパン」と称されたジャガイモにその生活を大きく依存していた。しかし、そのジャガイモにジャガイモ疫病と呼ばれる真菌性の病害が凄まじい勢いで蔓延し、ジャガイモの生産を壊滅に追い込んだのである。この飢饉によって、100万人が命を落とし、100万人が故郷を捨て米国などの海外へ移住したと伝えられている。現在では、ジャガイモ疫病の被害がこれほどに拡大したのは、当時アイルランドでランパー種と呼ばれる品種が単一栽培されていたためだと考えられている。この品種はジャガイモ疫病に対する抵抗性が特に弱かった。別の歴史的事件は、F1品種が多くの作物に導入され、市場に台頭してきた頃である1970年に米国のコーンベルトにて起こった。トウモロコシごま葉枯れ病が猛威をふるい、米国のトウモロコシの15%が壊滅して数百万ドルの損害が発生したのであった。多くの専門家は、この惨事の原因がトウモロコシの遺伝的均一性にあったという考察に同意している。トウモロコシはF1品種の育成が非常によく進んでいる作物であるが、特定の雄性不稔系統が育種に利用され、その系統がトウモロコシごま葉枯れ病に耐性を持たなかったため、大きな被害に繋がったのである。これらの災害は、私たちに農業生産において作物の遺伝的多様性が重要であるという教訓を残している。そもそも、植物とそれに寄生しようとする病原微生物はいたちごっこの関係にある。すなわち、進化の途上で、病原微生物が宿主抵抗性を打ち破るために獲得したタンパク質を、植物(宿主)側がさらに認識して病原体に対する防御性や抵抗性を発現する遺伝子を獲得するというプロセスが繰り返されてきた。病原微生物は植物に比べて極めて短い世代時間を持ち、進化速度が速い。多様な野生種や原種を含めた固定種を育種素材として保存し、また、多様な品種を作付しておくことが、新たな型の病原体の出現に対する被害を最小限に抑えるために極めて重要であろう。ただし、ここで固定種がF1品種に対して一般に病害抵抗性が高いと言っているのではない。むしろ、既知の病原体で、現在広く流行しているものに対する抵抗性は、抵抗遺伝子を持つ系統を親として用いて育種されたF1品種のほうが高く、病気への確実な抵抗性を持つと言えるだろう。しかし、多様な固定種を遺伝資源として保存しておくことによって、新たに植物への感染能を持つようになった病原体や、既知の病原体の新たな変異型に対する抵抗性を持つ育種素材をコレクションの中から見出すことができる可能性がある。実際に、アイルランドに大飢饉をもたらしたジャガイモ疫病の型が今日において深刻な問題を引き起こしていないのは、ペルーのジャガイモ野生種からこの病気に対する抵抗性を持つ系統が見つかったおかげである。作物の多様な系統(つまり、遺伝資源)のコレクションはジーンバンクと呼ばれ、その重要性の認識の広まりとともに、各研究機関や大学によって保有されるようになってきている 

 また、種子の自給を考える上でも、固定種の保存は重要である。以前の回で述べたように、F1品種では後代で形質が分離してしまうため、品種として使い物にならず、自家採種はできない。したがって、農家は毎年新たに種子を購入せねばならない。農耕の開始以来続いてきた農業者による栽培と採種のサイクルは、F1品種の登場によって途絶し、栽培は農家、採種は企業という形に分業化されてしまったのである。もっとも、農家は自らの意思で栽培しやすく揃いの良いF1種子を購入しているのだから、種子の自給などしなくても構わないのだと考えることもできるだろう。だが、それでもなお自家採種を放棄することについては、いくつかの懸念がある。まず、我が国の種子自給率の低さが問題点として挙げられる。試しにホームセンターの種売り場で多量に並べられた種袋に書かれた採種地を確認してみるとよいだろう。ほとんどが海外であることに驚かされる。これは、企業が多くの野菜の採種期に梅雨の時期に入る日本を避け、採種期に寡雨になり、コストが安く済む場所を求めて海外で委託採種を行っているためである。一方、国内での採種量は、多くの品目で年々減少の一途をたどっている。日本の食料自給率低下が問題視されるようになって久しいが、種子自給率はさらに低く、野菜では10%ほどにすぎない。したがって、国内採種かつ国内生産の農作物の割合は、コメなど一部の品目を除き、極めて低いことが伺える。種子の多くを海外に依存しているという状況は、食料安全保障の視点からみると非常に危うい。採種地での新たな病害の発生や、ますます顕在化している異常気象による凶作などにより、種子輸入量が低下する事態が発生すると、農地はあるのに播く種子がない状況に陥る。「種子が消えれば、食べ物も消える。そして君も」と語ったのは、長らく国際コムギ・トウモロコシ改良センター(CIMMYT)のジーンバンクの責任者を務めたベント・スコウマン氏であるが、種子なくして農業生産は始まらず、ましてや人類の存続は不可能であることを的確に言い表した言葉であろう。自家採種が可能で我が国の気候・風土に合った固定種を各地で保存しておくことが、いざというときの助けになるかもしれない。もう1つの問題は、種子の性質や価格、供給を全て企業にゆだねてしまうということによって生じる。これは、現時点では日本というよりむしろ遺伝子組み換え(GM)作物の作付けが広がっている諸外国で現実化している問題だ(もっとも、昨今の貿易自由化によって我が国も将来的に少なからず影響を受ける可能性が十分にあると言える)。例えば、米国のあるアグリバイオ(農業関連生命工学)企業は、農業者が自社のGM品種の種子を買う際には、自家採種はせず毎年企業から種子を購入するという同意書への署名を求めている。(ここで注意していただきたいのは、F1品種・固定種とGM品種は全く別の概念であることである。GM作物とは遺伝子操作によって新たな形質を付与した作物であり、GM作物かつ固定種、すなわち、自家採種が可能である品種は存在しうる。)さらに、自家採種を根本的に不可能にする技術が米国で1990年代にすでに開発されている。これはv-GURT(variety Genetic Use Restriction Technology)という技術で、その性質から「ターミネーター技術」とも呼ばれている。これは、農家が購入した種から作物を育てると、その作物に実った種子に毒素が出来、種子が死んでしまうようにする方法を用いている。(この技術の仕組みについて記事の最後に参考として載せているので、興味のある人は読んでほしい。) この技術が用いられれば、農家は自家採種することが不可能になり、毎年種子を購入せざるを得なくなる。アグリバイオ企業はこの技術の目的を、特許侵害を防ぎ、GM作物の組み換え遺伝子が環境中に放出されないようにするためだと主張しているが、種子を毎年購入させて莫大な利益を得て、種子で世界を支配しようという野望から生まれた技術ではないかという批判が殺到している。また、ターミネーター技術をさらに発展させたt-GURT(trait Genetic Use Restriction Technology)という技術も開発済みだ。これは、特定の薬剤を散布しないと、作物の発芽や耐病性などに関わる形質が発現しないようにする技術で、企業は自社薬剤と種子を抱き合わせで購入させることによって大きな利益を得る事が可能となる。まさに企業以外の誰も得しない技術だ。自家採種を諦め、放棄するということは、自らに都合のよい性質を持つ種子を高い価格で毎年買わせようというアグリバイオ企業の思惑を実現させる結果へとつながり、最終的には寡占化した少数のアグリバイオ企業が種子を通して世界の食料生産を思うままに支配する社会へと行きついてしまう危険がある。

 さらに、固定種が失われることによって各地に根付いて来た食文化が消失してしまう可能性も示唆されている。固定種の多くは伝統品種として各地に保存され、大事に守られてきた。各地に伝わる固定種とその土地の食文化はともにその歴史を歩んできており、切っても切れない関係にある。例えば、漬物で名高い長野県野沢温泉村の在来種である野沢菜は、似ても似つかぬ大阪の天王寺カブが起源である。現在の天王寺カブを長野で栽培しても厳しい寒さのために越冬できず、枯死してしまう株が多い。このことから、長野に持ち込まれた天王寺カブは、土着のカブ菜と交雑し、耐寒性を獲得していったと考えられている。信州では古来より青菜が少なくなる冬季にツケナ類の漬物を作って冬に食べるという食習慣が存在したと推測されている。収量が多く、風味の良い野沢菜の誕生は人々に歓迎され、広く受け入れられたであろう。このように、固定種の一つ一つに固有の歴史が詰まっており、地域の食文化を背負っている。固定種には独特の食され方を持つものも多い。例を挙げると、本農ゼミで栽培・保存に取り組んでいる山形県の固定種である牛房野カブには「ふすべ漬け」と呼ばれる調理法がある。これは切ったカブを熱湯に通した後、冷水につけるという方法で、これによってカブ本来の辛味を引き出すことができる。多様な品種がそれぞれ特有の形や風味、用途を持つということは、現代の手軽さが求められ、画一化された食生活には適したものではないかもしれない。しかし、だからといって先代によって築かれ、受け継がれてきた固定種とその背景にある食文化を消えるままに任せてしまうのは非常にもったいない話ではないだろうか。昨今の伝統野菜ブームの到来で各地の固定種が見直され、ブランド化されて全国区になった地方野菜も存在する。また、地域の固定種やそれを使った特産品をアピールすることによって地域おこしにつなげることが出来るかもしれない。

 

   さて、これまでの3回で、固定種とF1品種の定義や長所・短所について概説し、さらに固定種の保存の意義とは何なのか考えて来た。そのなかで、固定種の多様性について幾度となく触れて来たと思う。では、実際に固定種作物にはどのような種類があるのか気になるところであろう。固定種の多くは伝統品種として各地に根付いているということは先程述べたとおりである。次回は各地に伝わる伝統品種とその特徴を紹介していこう。

 

参考:ターミネーター技術の仕組み

     本文中でも述べたように、ターミネーター技術(v-GURT)は、農家が種子を購入して育てた作物に実った次世代の種子を毒素によって「自殺」させ、自家採種を不可能にする技術である。この技術にはいくつかの方法があるが、一例をあげると、まずサボンソウ(Saponaria officinalis)から毒素をコードする遺伝子を回収し、種子が十分に成熟したときに働くプロモーターの下流に結合させる。これによって、収穫には影響を与えることなく、種子が成熟したのちに毒素を作って細胞を殺して次世代の発芽を不可能にすることが出来るのである。しかし、これでは企業が農家に販売する種も死んでしまい、商品にならない。そこで、極めて巧妙な仕組みによって、農家に販売する種子が成長してそれに実った次世代にのみ毒素が産生されるシステムを可能にしているのである。このためには、まず、毒素遺伝子とプロモーターの間に、スペーサーと呼ばれるDNA小片を挿入する。これによって、通常時はプロモーターと毒素遺伝子が隔離されて転写は進行できず、種子は死なない。したがって、企業は農家に供給する種子を大量生産できる。だが、この種子をテトラサイクリンという薬品に漬けると、次世代で種子は死ぬ。テトラサイクリンは種子の細胞内に浸入したのち、酵素リコンビナーゼ(この酵素はスペーサーを外す役割を持つ)をコードする遺伝子のプロモーターに結合している抑制タンパク質(リプレッサー)を外す。すなわち、テトラサイクリンはインドゥーサーとしての役割を持つ。これによって転写が進行し、リコンビナーゼが合成される。リコンビナーゼの働きでスペーサーがなくなると、プロモーターと毒素遺伝子は結合し、転写が可能となって毒素が作られる。このため、薬剤処理を受けた種子の次世代種子はその発芽能を失うのである。

 

参考文献:

・自家採種入門/中川原敏雄・石綿薫()/2009/農文協

・自殺する種子/安田節子()/2009/平凡社新書

・ジャガイモの世界史/伊藤章治(著)/2008/中公新書

・植物生理学/三村徹郎・鶴見誠二(編著)/2011/化学同人

・種から種へつなぐ/西川芳昭()/2013/創森社

・地球最後の日のための種子/スザード・ドウォーキン(著)中里京子(訳)/2010/文藝春秋

・農林水産先端技術産業振興センター 平成21年度報告書 我が国における野菜種苗の安定供給に向けて

http://www.maff.go.jp/j/kanbo/tizai/brand/b_report/h21/pdf/houkoku.pdf

・日本有機農業研究会(JOAA) ニュース・トピックス

http://www.joaa.net/news/news-0507-91.html#pagetop

・一粒の種からのメッセージ/野口勲

http://noguchiseed.com/hanashi/hitotsubunotane.html

・山形県 村山産業経済企画課 牛房野かぶのふすべ漬け 

http://www.pref.yamagata.jp/ou/sogoshicho/murayama/301041/murayamatokusanyasai/murayamatokusannyasairyouriresipi/denntouyasairesipi/gobounokaburyouriresipi/gobounokabunohusubeduke.html

V-GURT s(Terminator) Can it be effective as a biological containment tool?/EcoNexus

http://www.econexus.info/publication/v-gurts-terminator